キリスト教と政治との関係(1)~教義面から~

ヨーロッパ文明から読み解くエホバの証人

キリスト教と政治との関係(1)~教義面から~

当初は弱かったキリスト教の立場

4世紀末にローマ帝国の国教となるまで、キリスト教はユダヤ教と同じように常に地理的地盤を持たず、
宣教することによって勢力を拡大するしかなかったため、政治勢力とは基本的に無縁であり、
むしろその土地ごとの権力者によって弾圧される立場だった。

イエスが活動していた当時のユダヤには、ダビデの子孫からメシアが現れるというメシア待望論があった。

イエス・キリストとはいったい、何者だったのか」では詳しく書かなかったのだが、
メシアとは救世主のことであり、現実に社会の改革をして世の中を変革する存在とされていたため、
政治的なトップとして、つまり王として活躍すると思われていた。

イエスもそういった存在として期待された面もあったのだが、
そもそもが大工の息子であるうえに、弟子たちを引き連れてあちこち歩きまわった挙げ句、処刑されてしまうという、
王らしさの欠片もない生涯であった。

しかし再臨のときには王として地上にやってくる
キリスト教徒であればそう信じるし、
杭にかけられたキリストの頭上に嘲りを込めて掲げられた「ユダヤの王」という称号はまさにそのとおりの意味を表している、と解釈する。

イエス・キリストの後では神が人間と関わることは一切ないし、預言者も現れない。
よって、地上のことは人間たちが自力でなんとかするしかない。

だからキリスト教徒は宗教的権威を以って統治をすることはせず
(1世紀当時にはそもそも権力サイドにいないため当たり前だが)、
世俗の統治者に政治を任せる

つまりイエスの教えどおり、「カエサルのものはカエサルに」である。
ローマの法律を守り、ローマに税を払って生活していたのである。

前述のとおりキリスト教は、西暦380年にローマ帝国の国教となったのだが、
西暦313年にキリスト教が公認された当時のローマ皇帝はキリスト教徒ではなかった。

後に教会の力が強大になると教会がローマ皇帝の統治権を承認するようになり、
政治のトップと宗教のトップが並立する、政教分離の状態がキリスト教の原則となるようになった。

キリスト教徒は、その土地の支配者を認め、その社会の法律やルールを守って生活する。
これが文化的に大きく違うアジア諸国にもキリスト教が普及していった大きな要因の一つであると言えるだろう。

極めて少数派であるユダヤ教の方策

ユダヤ教ではそうはいかない。

そもそもユダヤ教とは布教するタイプの宗教ではないし、人数も少ない。

さらに面倒なのはユダヤ法(律法)の存在である。これが土地の法律とぶつかる場合がある。
そこで、自分たちのコミュニティ内に関してはユダヤ法の適用を認めてもらうべく地元の権力者と交渉し、
一種の自治コミュニティを作るのがユダヤ教のやり方だ。

ここにもエホバの証人との類似が見て取れる。

エホバの証人は、基本的に土地の法律に従うが、
自分たちのルールと法律が衝突する場合はそれが違法になろうとも自分たちのルールを優先させる、という教義である。

この点で有名なのは兵役拒否であり、
例えば韓国におけるエホバの証人男性は良心的兵役拒否によって兵役期間と同じく約2年間の懲役刑を余儀なくされる。

一般のキリスト教であれば宗教法がないためこうした問題は起こらないのだが、
エホバの証人は多分にユダヤ主義的であるためこのような問題が生じる。

多数派、かつ徹底的に一致しているイスラム教

イスラム教についても簡単に記しておく。

イスラムではムハンマドが最初に政府を作り、
ムハンマド自身が預言者であるばかりか、政治家と裁判官も兼ね、さらには軍事的にもトップであった。

預言者(立法)・政治家(行政)・裁判官(司法)の三権と軍事権までも単独で掌握する、完全な政教一致を行った。
これを神聖政治と言い、一種の理想状態であると言える。

しかしムハンマドの死後、もう預言者は現れないことになっているため、
ムハンマド以後は政治と軍事のトップ(カリフ)と、法務と司法のトップの二つにポジションを分けて統治している。

政治のトップであるカリフは世襲が途絶えたため、
その代理人を意味するスルタンやアミールといった名で各地に存在する。

ともかく、イスラムは完全に政教一致を原則とし、
どの国でもどの派閥でも(シーア派とスンニ派、あるいはタリバンでも)
ムハンマドの権威の下にあるイスラム共同体の一部であることには変わりがないため、

キリスト教のような分派というものが存在しない
(無論、分裂が起こらないという意味ではなく、イスラムから派生した宗教も存在する)。

また、近年はタリバンなどのおかげで日本においてはイスラム教のイメージがよろしくないが、
本来イスラム教は西アジアにおける多数派宗教であり、
ユダヤ教やキリスト教と共通の預言者を認める立場からそれらの宗教にも配慮する宗教的寛容を持つのである。

歴史的に見れば、異教徒を積極的に迫害してきたのはむしろキリスト教のほうである

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