出エジプトの史実性に関する研究

古代ユダヤから読み解くエホバの証人

旧約聖書出エジプト記(5) 出エジプトの史実性に関する研究

「出エジプト」も全て神話だった可能性が高い

さて、ここまで4回にわたり、
出エジプトを「イスラエルの歴史の発端」として扱ってはきたものの、
現時点での考古学ではこれらを全否定する研究結果が勢力を伸ばしているのも事実である。

つまり、モーセ登場までの物語だけでなく、
出エジプトの物語さえも後年のイスラエル人によって作られた神話であるという見方が支配的になってきているということだ。

本年2014年4月29日のあるイタリア紙では以下のような報道がなされた。

新聞「La Repubblica」の報道によれば「聖書に記述された偉大な出来事の数々は、一度も起こらなかった」。
この結論は、イスラエルの考古学者らが長年にわたる発掘作業をもとに、たどり着いたものだという。

例えば、イスラエルの学者らは「イェリホンの壁は、イスラエルの聖職者らが、自分達のラッパの音によって破壊したのではなく、壁などもともと存在していなかったのだ」と説明している。
ヘルツォーク教授は「発掘作業の結果、イスラエルの民は一度もエジプトへ行っていないことが明らかになった。
砂漠を放浪した事など一度もなかったし、イスラエルの12部族にあとで土地を渡すため、土地を手にした事もなかった」と伝え、さらに次のように続けた―

「我々が見つけたものは、ユダヤ人の歴史の中心的出来事のうち何一つとして、証明することができなかった。この革命的観点を、多くの人々が受け入れるのは難しいと思う。」

なお、これは今年になってから新たに出てきた説などではない。

ここに出てくるヘルツォーク教授は以前から、
イスラエル各地で70年にわたって発掘調査を行った結果を検証した考古学者や歴史学者の大半が、
旧約聖書の内容は史実ではないと結論づけている、という内容の論文を書いている。

エホバの証人のように、聖書の記述は全て真実であると信じている人はエホバの証人以外にも大勢いる。

イスラエルの考古学も、100%とはいかずとも、
だいたいの概要としては実際に起こった出来事だろうという期待を抱いて、
1960~1970年代には旧約聖書の記述の裏付けのために一生懸命研究調査を行った。

しかし科学的な研究、調査を続ければ続けるほど、
ユダヤ民族の成立過程は聖書に描かれたのとは全く異なる、
という考えで学者の大半は一致するようになり

聖書の記述が史実であることを証明しようとしてきた研究者の多くも、
同意せざるを得ない状況となってきている。

ヘルツォーク教授により1999年に発表された論文において否定されている主要な事実・概念を列挙すると、以下のとおりとなる。

・「出エジプト記」について…どんな記録にも、古代エジプトにユダヤ人が集団で住み、脱出したことを示すものはなく、大半の歴史家は、脱出が本当にあったとしても数家族の小さなもので、宗教上の必要から拡大されたとみている。

・古代イスラエル王国の版図について…ダビデやソロモンの栄華の時代に現在のヨルダン、シリアの一部まで広がったという記述は間違いで、せいぜいエルサレムとヘブロンを中心とする狭い範囲を治めたにすぎないのではないかとみられる。

・唯一の神という一神教の概念について…この概念自体、生まれたのは今から2000年余りさかのぼるにすぎない。ダビデの時代まではイスラエル全土で多神教が信仰されており、唯一神の信仰はエジプトに学んだものだともされている。また、ユダヤにおける多神教文化を示す出土品は数多いが、これはバビロン捕囚を境に途絶えている。

・エリコとアイの遺跡発掘調査の結果、旧約聖書の物語とは食い違いが見られ、むしろ口承伝説のほうが正確な事実を伝えている。旧約聖書の地名、人名、部族名などの固有名詞の読み方が間違っており、イスラエル国家の舞台はパレスチナではなく、サウジアラビアのメッカの南、アシールと呼ばれる地方だと考えないと辻褄が合わない(注)

・旧約聖書が文字で残されるようになったのは古代イスラエル王国の崩壊後とされ、本来は口伝えの伝承である。よってその記述がイスラエル人に都合よくアレンジされた可能性は非常に高い。

・現在のパレスチナ地方は、古代ギリシャ神話の最大のテーマであるトロイ戦争の舞台と隣接しているが、ギリシャ神話にはユダヤ人がまったく出てこない。つまり、伝承文学上の証拠でも古代イスラエル王国のパレスチナ地方説は、決定的に不利である。

一方で、やはり旧約聖書は史実だとして主張する学者もいる。

しかし、それらの学者はエホバの証人と同じく確証バイアス(=自らに都合の良い事実しか見ない)に陥っていることがほとんどだ。

たとえ少々時代がずれていようが(発掘物の年代特定はそもそも曖昧であることを理由として)発掘調査の結果が不完全で証拠に乏しかろうが、
聖書の記述どおりの遺跡であると信じこんでしまうのである。

物証があれば、「あった」ことを証明するのは簡単だが、
物証がない場合に「なかった」ことを証明することは困難だ。

しかし、「別の場所にあった」「別のもののことだった」という証拠の発見が相次いでいるとすれば、
やはり旧約聖書は伝説の寄せ集めであり事実とは異なるのだから、

聖書の記述に従って遺跡を解釈するべきではない、
というのが現時点ではもっとも中立的な見方となるだろう。

なぜかエジプトの記録に残されていないユダヤ人

エジプトとイスラエルは隣り合わせにあるため、古代から文化的な交流や移民の歴史は長い。

しかしエジプト側の史料から考察すると、イスラエルは多数の周辺諸民族の一つでしかなく、
旧約聖書では散々エジプトが重要な存在として出てくるのに対し、
エジプト側でイスラエルに言及した史料はとても少ない。

出エジプトの頃のファラオ、ラメセスの時代には
特に事細かな記録が残されたことが分かっているが、
例えば傭兵名簿に「アジア人」という項目はあっても「イスラエル人」という項目はない。

旧約聖書を信じる人々にとっては肝心の出エジプトについて記された記録もなく、
大量移住を示す考古学的証拠もない。

そうであれば、ますます旧約聖書を元にしたユダヤ人のアイデンティティは揺らいでしまうし、
聖書に出てくる地名を盾にイスラエル(パレスチナ)入植を正当化する人々の根拠を揺るがすのは確かである。

今さら後戻りができないものみの塔

こういった考古学上の調査結果を少しでも調べてみれば、
「旧約聖書の記述は最初の人間アダムに至るまで全て正しい」とする
ものみの塔の教義がいかに馬鹿馬鹿しいものであるか、考えなくてもわかる。

その程度の調査もせずに入信してしまうエホバの証人信者一人ひとりに最大の責任があることは間違いないが、
ものみの塔はなぜこのような事実から目を背け続けるのか。

確かに、ものみの塔が成立した当時はここまで調査が進んでおらず、
旧約聖書の記述は史実であるという見方が支配的だったことは事実かもしれない。

しかしその後、教団の歴史が長くなるにつれて
「今さら旧約聖書が嘘でしたとは認められない」ところまできている、
というのが正確なところだろう。

今まで大会で上演した数々の古代劇がただのショーと化してしまうし、
子どもたちには聖書物語がイソップ寓話レベルの価値しかなくなってしまう。

なにより旧約聖書も重んじているエホバの証人にとっては、教義の根幹に関わる部分でもある。

「聖書を正しく研究する」という目的からスタートしたはずのものみの塔も、
今や過去の宗教になってしまったことの証左と言えよう。

(注)「エホバ(ヤハウェ・ヤーベ)=YHWH」の問題と同様、ヘブライ語の表記は子音だけであるため、母音を恣意的に当て嵌めた場合の誤読が生じやすい。エジプトを指す地名と類似の地名がアシール地方に存在する。

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