大洪水は全くの無意味だった
ノアの箱舟の話と言えば、創世記の中でも特に有名な話である。
単に聖書の話として有名なだけでなく、洪水伝説は世界中にあることが知られているため、
これが史実であるか否か、研究テーマとしてもかなり面白いと言える。
日本では古事記の「海幸彦と山幸彦」として知られる、現在の宮崎を舞台とした神話がそれで、
浦島太郎の原型とも言われる他、聖書中のカインとアベル、またはエサウとヤコブの関係とも対比して語られる。
余談だが、日本神話と旧約聖書の類似というのはネタとしてかなり面白い。
これを日ユ同祖論(日本人と古代ユダヤ人は共通の先祖を持つ兄弟民族であるという都市伝説)の根拠であるとか、
旧約聖書は古事記の続編であるとかその逆であるとかいったトンデモ論があるくらいである。
枠組みやモチーフが共通しているものは多いが、実際の細部はかなり違う。
まあ似たような神話や寓話は世界中にあるもので、
わりと古代人はみんな似たようなストーリーを考えてましたよ、という最も身近な例として、日本神話も挙げていきたいと思う。
閑話休題。
結論から述べたい。ノアの箱舟の話は、全くの無意味である。
創世記の中ではアダムとイブの話と並んで、凄まじい矛盾を起こしている。
そもそも神はすべての生き物を滅ぼすつもりだった。
ところが、ノアが良い奴だからといってノア一家を助けることにしてしまった。
どうせ滅ぼす気ならすべて滅ぼし、人間を再創造し、いい機会だから悪魔サタンも殺しておけば良かったのだ。
そうしなかったものだから、聖書が書かれたころの現実としては、大洪水の前と大して変わってはいないわけである。
大洪水を起こした意味はどこにあったのだろうか?
人間でも無意味だと分かるような行為を神がするとは考えられないが、
ここもどうしても聖書の記述をそのまま受け取ると、合理的な説明をつけることができない部分だ。
史実の「大洪水」は、実はかなり小規模
大洪水そのものについては、考古学的にも地学的にも事実らしいことがわかっている。
箱舟が辿り着いたアララト山(注)の南側には聖書でもおなじみのチグリス・ユーフラテスがあり、
このあたりの古い地層からは大洪水の跡と見られる粘土層が発見されている。
そのチグリス・ユーフラテスの流域(現在のイラク付近)に栄えた古代メソポタミア(紀元前3500年ごろ成立)の文学作品、
「ギルガメシュ叙事詩」には、ノアの話とよく似た記述があり、これが旧約聖書の話の原型だろうとする考古学者や文献学者もいる。
ギルガメシュ叙事詩では、
「船をつくり、自分と自分の家族、船大工、全ての動物を乗船させ、大洪水を乗り切り、山の頂上に着き、鳥を放ち、舟を出て神に生贄をささげる」
というノアの箱舟と全く同じストーリーが語られるのだが、ではこれをどう当てはめるか。
なにしろこちらは「この世界全てを造った唯一神」であるから、スケールもそれに相応しくしなければならない。
よって、「世界中の悪人を滅ぼすために大洪水を計画した」ことにし、
しかし今現在(聖書が書かれた当時)自分たちユダヤが存在していることとの整合性も考えなくてはならないため、
ノア一家が助かったことにしたのだろう。
大洪水は存在した。
しかし研究によればこれは全世界規模での洪水などではなく、「メソポタミア近辺での、周期的な自然災害」であるとする説が有力なようだ。
ノアの箱舟のようなことが実際にあったかどうかについてはなんとも言いがたい。
箱舟の残骸が実在する可能性についてはずっと調査されていたのだが、
2010年に聖書の記述を裏付けるような発見があったことは反証として書き添えておかねばならないだろう。
2010年4月、アララト山の標高約4,000m付近で、方舟と見られる木片が発見された。
炭素年代測定によれば今から約4,800年前推定され、これはノアの方舟がさまよったとされる年代と一致する。
標高3,500m以上で人間の住居が発見されたことは過去に例がないが、
この構造物にはいくつかの部屋らしきものが確認されたことから、普通の住居ではないと結論づけられた。
ノアの箱舟は、あったのかもしれない。
「あらゆる生き物を番(つがい)で舟に乗せる」というのはどう考えても不可能な話だが、
大洪水が局地的なものだと考えれば死滅したのは中東付近の動物たちだけということになり、辻褄は合う。
そういう考え方もできる。
しかし、繰り返しになるが結論は変わらない。
聖書において神の行った行為は、全くの無意味である。
(注)アララト山…トルコの東端、イラクやアルメニアとの国境付近にあり、2014冬季オリンピックの開催地ソチにも程近い場所にある、5,000m級の山。その横にある「小アララト山」は姿形が日本の富士山(3,776m)に大変良く似ており、高さも3,900mほどと似通っているため、こちらもユダヤ絡みの都市伝説ではしばしば登場する。