イスラエルの「正統」考察(1)

古代ユダヤから読み解くエホバの証人

古代イスラエル(5) 南北イスラエル王国の「正統」考察(前編)

王国分裂の経緯から

「偶像崇拝に堕ちた」という宗教的な理由で北イスラエル王国が滅んだことは根拠が極めて怪しいのだが、
他にも旧約聖書に書かれているとおりに南ユダ王国を無条件に正統とは決められない要素がいくつかある。

そもそもイスラエル王国の分裂は、
形式としては統一イスラエル王国から後に北イスラエル王国を構成する多数派部族が離反したということになっている。

だから南ユダ王国が正統なのだ、という主張がまず成り立つが、
しかしてその主原因はやはり南ユダ王国における権力の腐敗にあった。

ダビデ王とその子ソロモン王はユダ族出身とされているが、
ソロモンはただでさえ自らの野心的な事業のために重税と賦役を負わせた上、
自分の出身であるユダ族を優遇したことで他部族を怒らせた。

これが分裂を招いたのはある意味当然の結果とも言える。
人が人を支配し、これに害を及ぼした典型例と言えよう。

ソロモン王は晩年に背教し、
その子レハベアム(レハブアム)王も神に背いたため、

神の怒りを買って国が分裂した、という宗教的な見方も可能だが、
その経緯からするとむしろ南北どちらが正統かという問題が非常にバカバカしく思えてくる。

どちらも神に背き、民に対して悪政を行った点では変わりないからだ。

聖都エルサレムの位置付けから

さて、ダビデ王以降の統一時代も分裂後の南ユダ王国も、
首都は現在でも聖地として知られる、聖都エルサレムに置かれていた。

ここがポイントで、
後々非常に重要な地となるエルサレムを首都としていたのが南ユダ王国であったことから、
単純にこちらが正統であると考えられてしまう節がある。

しかしエルサレムは元々エブス人という民族が住んでいたシオンの丘(ザイオン)を、
政治的に南北民族の中間に位置するからという理由で攻め取った地であり、
結果的にユダヤの歴史上重要な舞台として機能しつづけたに過ぎない。

南ユダ王国にとって聖都はエルサレム、聖なる山はシオンの丘であるが、
分裂当時の北イスラエル王国は首都をシケム(新世界訳聖書では「シェケム」)、
聖なる山はゲリジム山であり、

北イスラエル王国の末裔であるサマリア人が用いるサマリア人聖書(注)では、
エルサレムがシケム(もっとも実際の首都は、幾度かの遷都を経た後サマリアに落ち着くことになるが)に、
シオンの丘がゲリジム山に書き換えられている。

シケムはカナンの地の中心と言える場所に位置しており、交通の結節点でもあった。

北イスラエル王国から見た場合、またイスラエル全土を俯瞰した場合、
シケムのほうが聖都として相応しいという主張も成り立つわけである。

地政学的な観点から

南北両王国は部族ごとに土地を持ち、その中に各都市が存在していたが、
全体としての国の位置関係も国の興亡に関係している。

北イスラエル王国の北側には、
後にこれを滅ぼすこととなるアッシリア帝国という脅威が存在しており、

次の記事で記すとおり常にクーデターで王朝が交代する政情不安が続いた北王国が
強大なアッシリア帝国に屈するのは時間の問題であった。

後にそのアッシリア帝国を滅ぼした新バビロニアによって南ユダ王国が滅ぼされたことを考えれば、
北王国は一時的に南王国の盾となったに過ぎなかったと言える。

地政学的に見て当然の成り行きとなったに過ぎず、
これをエホバ(ヤハウェ)か偶像崇拝かという信仰の問題にすり替えて
どちらが正統かを論ずること自体の正当性を問うべきかもしれない。

(注) サマリア人(北イスラエル王国系統)は、旧約聖書成立の過程をユダヤ人(南ユダ王国系統)と共有しなかったため、旧約聖書で言うところのモーセ五書(トーラー)のみを聖典としている。ヨシュア記以降の歴史は要約が付記されているのみである。

(※)2019年9月の記事移設に際し、改題しました。

→後編へつづく

南ユダ王国によって編まれた歴史書古代イスラエル(4) 旧約聖書は南ユダ王国によって編まれた歴史書前のページ

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